2018年08月01日

スハフ42 502 スハフ42 520

元々、本州で使われていたスハフ42を二重窓化等の保温対策改造を施して、北海道へ転配されたのが500番代車です。1973年より転用され始め、最終的には501〜523の陣容となりました。
写真の502号は元スハフ42 111、520号は同66からの改造です。
スハフ42_502.jpg
スハフ42 502 1981.3 札幌

また、520号は混合列車のある釧網本線で運用されいたことから、石油を燃料とする※ファンヒーター装置が床下に取り付けられていました。
スハフ42_520_2.jpg
スハフ42 520 1983.8 網走
スハフ42_520窓周り.jpg
スハフ42 520の二重窓
別の項でも触れていますが、その内の519号は本州時代に一旦スハ43から緩急車化されたスハフ42 400番代を経て北海道用500番代に、521・522号はスハ43 700番代を直接、緩急車化改造したものです。この3両はスハフ42原番代を種車にした500番代と窓配置等が異なるなど、少数グループながら個性的な車も存在しました。
中でも最終番号の523号についてはオハ35系に属するスハ42 501からの編入改造で、これも釧網本線にヒーター付きで運用されていました。形態的には短期間存在した同緩急車スハフ41の復元ともいえる存在で、本来のスハフ42とは似て非なる珍車でした。



※機関車次位に貨車を連結すると、熱源となる蒸気を客車に供給出来ないため。他に石北本線や五能線でもみられました。
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スハフ42 170

スハフ42はスハ43形の緩急車として、1951年から1955年にかけて335両が製造された旧3等用客車です。写真の170号は近代化改造を施された青15号塗色車。
電車や気動車、10系軽量客車が進出しつつあった1960年代当時、内装の見劣りもすることから、主に急行列車用だった同系列の殆どについて近代化工事が行われました。他形式への改造例は少なく、一部が晩年、通勤形オハフ41 200番代や改造名義でスユニ50への部品供出車となっています。

主な工事の内容については、天井灯の蛍光灯化、座席テーブルの取付、内装をニス塗りの木製ベニア板から樹脂製化粧板への交換等。アルミ製の窓枠やスチール・ステンレス製網棚への交換まで手が入った車両も多く存在しました。
また、本工事では予算や施工工場ごとの差も多く、外観色こそ青に塗られていても、テーブルが省略されていたり、ベニア板をペイントで塗りつぶして、文字通り茶を濁しただけの外れ車両も一部で見受けられました。
1971年頃からは引き続き、客車の検査回帰延長を目的とした体質改善工事(妻板にTマーク表記)が実施され、この際に近代化改造に準じた整備が施された車もあったようです。

そのほか、地方の混雑時対策として、スハ43、オハ47とも四国では車端部のロングシート化と吊り革設置、洗面所を撤去した近郊形改造車や、九州(筑肥線・勝田線)では同じく座席を撤去した車も存在しましたが、番代区分は伴いませんでした。

スハフ42_170.jpg
1986.10 浜坂

同車は現在でもJR、私鉄で保存車が健在ですが、JR化後、スハフ42 2254が1991年まで和田岬線の予備車としてJR西日本に所属し、時折オハ64に連結されて走る姿を見せていました。塗色は青15号でしたが末期はぶどう色化され、同線の気動車化まで、定期列車最後の43系として活躍を続けました。
タグ:スハフ42 170
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スハフ42 2164

スハフ42はスハ43形の緩急車として車端部に車掌(乗務員)室を設置した形式車です。1951年から1954年にかけて335両が製造されました。鋼体化客車オハ60系に続いて車掌室が外側へ設けられました。妻面に窓が設けられて乗務員の後方監視が容易になり、以後に登場した14系や24系客車にまで引き継がれるスタイルとなります。
スハフ42_2164.jpg
1984.8 一ノ関

写真は内装がニス塗り、ぶどう色姿のスハフ42 2164で、まるで銀河鉄道999に描かれているモデルのような客車ですが、やはり殆どが盛岡や秋田などの東北地区でのみ残存していた末改装車の43系です。

例外的に西日本地域で見られたチョコレート色のスハフ42も居ましたが、福知山(福フチ)と門司区(門モシ)に1両づつだったと記憶しています。後者の302号は夜行鈍行「ながさき」(門司港ー長崎・佐世保 1984.2改正で廃止)の座席車として活躍していましたが、創設間もない頃の18切符や周遊券で一夜を過ごされた年配方も居られるのではないでしょうか。なお、2018年8月現在、画像の2164号は上越線、越後中里に隣接するスキー場の休憩施設として現存します。
posted by tera-pro管理人 at 00:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 車両形式ライブラリ客車編
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