2018年08月01日

オハフ41 203

珍しい通勤形客車オハフ41 200番代です。元々のオハ41、オハフ41では余剰となった1等車・グリーン車を種車に改造され、緩急車のオハフ41は0番代3両、100番代1両の計4両しかない客車でした。
本車の場合は43系の緩急車スハフ42 40・41・278からの通勤形改造で、41系客車では最も遅い1979年に201〜203の3両がオハフ41の追加番代車として登場しました。翌年以降に0番代・100番代の廃車が進行し、全7両が存在したのは、ごく短期間でした。

200番代は山陰本線の下関口でラッシュ時増結や行商専用車として用いられました。他の41系と異なり、便所や洗面所、便洗面所側と客室の内仕切りが種車時代のまま残置されていたように記憶しています。
オハフ41_203.jpg
1982.4 長門市
オハフ41_200番代車内.jpg
オハフ41 200番代車の車内全景
オハフ41_50系併結.jpg
50系客車との併結運用 1982.4 門司

また、主に50系客車と併結で運用されることから、自動ドアの空気元を機関車から引き通す必要があり、MR菅対応工事も施されていました。1984年2月ダイヤ改正まで存在した長距離普通列車824レ(門司5:52ー福知山23:51)にも長門市まで付属編成として連結され、当時、乗車された方の中では、見かけた人も居るのではないでしょうか。
200番代は、この年までの運用で、事業用車※2オヤ62に再改造された写真の203号を除いて廃車となり、オハフ41は形式消滅となりました。

※1オハフ41 0番代、100番代については金沢・姫路区に配置され、晩年は七尾線・播但線で運用されていました。両線区において、50系客車の投入により1981年までに置き換え廃車となっています。

※2最後は民間に払い下げられて、車体は三重県で飲食店として利用されたようです。
タグ:オハフ41 203
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posted by tera-pro管理人 at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 車両形式ライブラリ客車編
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