2018年08月02日

8/2 本日の奈良線103系・205系運用  臨時特急が走った日

A42=205-100?、A43=205-100?、A48=205-1005でした。48行路がどこかで103系から205系に差し代わったようです。今日は103系がついに1本/日だけ稼働か?。

さて、ショボイ画像ですが、過去2シーズンだけ奈良線で運転された臨時特急を撮っていました。場所は背後のトンネルからして、棚倉駅での京都行き後打ちです。
180802_1.jpg

JR化後まもない1987年から翌年にかけての休日に紀勢本線への直通として走った「ふれ愛紀州路号」です。日根野の381系電車による運転で、現場の方も、まだ国鉄的なセンスが抜けなかったのでしょう。遠目でわかりにくいですが、幕の下に取って付けたようなシールで旅行キャンペーンの標語も併記という、何とも撮影意欲を削がれる列車でした。
翌年も今度は、かつてのディーゼル急行と同じ「しらはま」と名称を変えて走りましたが、後年、京都からは「はるか」ルートになった連絡線が整備されたので、特急は後にも先にも、この二度きりの運転でした。奈良線内は宇治のみに停車。今から思えば、あのキハ80系特急「あすか」(名古屋ー和歌山)も通った、阪和貨物線を乗車できるという絶好の機会だったのに、乗らず終いで惜しいことをしました。
posted by tera-pro管理人 at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

クハ103-1

大阪環状線を走っていた103系トップナンバー先頭車です。撮影は国鉄時代の天王寺駅。前照灯変更や車体サイドの戸袋窓の埋め込みをはじめ、排障機取付、運転室窓ガラスゴムの金属覆いが施された後の姿とは随分と雰囲気が異なります。
クハ103_1.jpg
天王寺(撮影日不明)

資料によれば1964年5月に池袋電車区へ新製配置といいますから、山手線で走り始めた車両という事になります。
その後は京浜東北線を経て、1976年に大阪へやってきて以降、長く環状線で活躍しました。塗色もウグイス→スカイブルー→オレンジ→スカイブルーと変わりました。最後は相棒のクハ103-2と編成を組んで阪和線で現役でした。当初は非冷房車でしたが、環状線転属後、すぐに冷房化工事を実施されています。

103系は3000両もの両数が造られて、首都圏、京阪神の都市圏輸送を支えました。クハ103-1は量産車の1号ということで、引退後も早くから京都鉄道博物館の収蔵車両候補に決まっていたようですが、展示に際して、塗色を環状線時代のバーミリオンオレンジに戻されました。可能であれば、ほぼ原型だった写真時代の姿まで復元して欲しいところです。
※1963年に試作車として登場した旧クハ103-1が別に存在しましたが、翌年の量産車登場により900番代に改番となりました。こちらは1990年に青梅線での活躍を最後に引退しています。
タグ:クハ103-1

キハ183 904 キハ182 902(キハ183系試作車)

バラエティ豊かな183系気動車の中でも元祖な試作車グループに属するキハ183 904、キハ182 902です。道内のキハ80系取替用として1979年、長期テストを兼ねて落成した試作車12両のうちの2両です。
量産車と目につく違いは、空調装置故障時に備えた換気窓があることです。この頃に新造された他の特急車両でも一時採用されました。前から二つ目がそれで、上部分が内側へ可倒する構造になっていました。
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キハ183 904 1984.8 札幌

走り始めた当初は、函館ー釧路間を3往復で運転されていた「おおぞら」のうち1往復限定で10両編成で投入されました。運用的に片道分しか編成を組めないので、充当は80系編成と日替わりバンコ。時刻表にはその旨の但し書きがされ、183系で運転される日は食堂車がない代わりに、自由席が1両増えるという変則列車でした。

キハ182_902.jpg
キハ182 902 1986.8 札幌

また、キハ182の小窓部分が非常口を兼ねていますが、これも量産車にはない特徴です。近年までバスにも見られた非常口ですが、国鉄では「使った試しがない」ということでキハ183系試作車を最期に廃止。それまで非常口扉を備えていた全国の従来形特急車両も、後にほぼ全ての車両で埋められてしまいました。
900番代の試作車グループは後に量産化改造が施されましたが、量産車との相違点も多かったことからか、廃車時期は比較的早く、2001年までに全車引退しています。

加悦鉄道キハ08 3(キハ40 3)

1960年代にオハ62、オハフ61といった元60系客車をベースに気動車に改造されたキハ08形です。最初は初代キハ40形として登場し、仲間に方運転台タイプのキハ45形(後にキハ09に改番)、キクハ45形、付随車のキサハ45形があり、慢性的な気動車不足であった当時、北海道、東北、四国で導入されました。
写真は1985年5月に廃止となった加悦鉄道に払い下げられて活躍していたキハ08 3。元はオハ62の最終番号車オハ62 130からの改造です。
キハ08_3.jpg
1985.3 丹後山田

キハ08は計3両が登場し、釧路と札幌地区で同系列同士のほか、キハ22等と併結で運用されていたようです。国鉄から全廃後の1971年以後、3号が払い下げられて、京都北部の加悦鉄道にやってきました。車体中央の社紋とクリーム地が同鉄道の白っぽいカラーとなっているほかは、車号も銘板も国鉄時代のままでした。銘板については日本国有鉄道、苗穂工場改造の他、オハ62時代の盛岡工場改造の3つが運転台正面に付いていました。車内設備はニス塗りの木材内装に白熱灯、クロスシートが並ぶ旧型客車そのもので種車譲りの二重窓も健在。後に国鉄よりキハ10形も譲渡されてからは、雪と寒さに強い北海道車の持前を生かし、冬場をメインに稼働していたようです。
余談ですが、現在もJR各社で走っているキハ40形に0番代が存在せず、101〜の車号で始まっているのは、キハ08のキハ40時代と重複が生じるからとも言われています。

DE10 901

珍しいDLの写真です。
DE10 901。DE10を名乗っていますが、後に入換専用機で登場する姉妹機関車のDE11の試作機関車でした。ファン的な視点からの特徴は、エンド側のボンネットに煙突がないノっぺら顔でしょうか。量産機と異なる最大の点ですね。
 DE10_901.jpg
京都(撮影日不明)

場所は京都駅の奈良線ホーム手前。現在の11番ホーム付近にあった留置線を7番線から見た位置になります。当時はここへ、工場への入出場車や臨時列車に充てられる車両が良く留めてあったものです。偶然捉えたカットでしたが、出会えたのは、後にも先にもこの1回きりでした。

クモハ781-5 モハ780-9

781系電車は1980年10月の千歳線電化と(旧)千歳空港駅開業に合わせて走り始めた、電車特急「ライラック」用に登場しました。酷寒な道内の使用条件に合わせた専用の特急形式として、また交流専用の特急型は国鉄でも初の車両です。実際の投入当初は、それよりも少し早い1978年に試作編成の900番代が登場。485系で運転されていた特急「いしかり」(札幌ー旭川)に長期試験を兼ねて導入されました。
クモハ781-5.jpg
1984.8 札幌
モハ780_9.jpg
1984.8 札幌

写真はまだ新車然とした6連時代の姿で、先頭車は電車には似合わない自動連結器とブレーキの空気管を装備しています。この後の1985年に、特急列車増発のため中間車を先頭車化改造の上、4連化が行われました。JR化以降は扉増設や塗色変更、一部編成では快速「エアポート」の運用に際し、uシート車も設けられていたことは記憶に新しいところです。
781系は北海道という厳しい環境で使用されて続けて来たことからか、引退は比較的早い2002年より始まり、残りも車齢30年を迎えないまま、2007年秋のダイヤ改正で後継となる789系1000番代に交代しました。
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